からだじうが悲しいのだ。 - しんぷりぃさん

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からだじうが悲しいのだ。(2008年3月13日の日記)

しんぷりぃさん

2008年3月13日 15時25分

 老いたるえびのうた   室生犀星


 けふはえびのやうに悲しい
 角(つの)やらひげやら
 とげやら一杯生(は)やしてゐるが
 どれが悲しがつてゐるのか判(わか)らない。


 ひげにたづねて見れば
 おれではないといふ。
 尖(とが)つたとげに聞いて見たら
 わしでもないといふ。
 それでは一体誰が悲しがつてゐるのか
 誰に聞いてみても
 さつぱり判らない。


 生きてたたみを這うてゐるえせえび一疋(ひき)。
 からだじうが悲しいのだ。



室生犀星は、昭和36年3月26日、肺がんのため逝去した。
享年73歳。この「老いたるえびのうた」が、遺作となった。
死の前月の25日に書かれている。
死の直前にあってなお、己を戯画化できる詩人の才が惜しまれる。

かつて私が愛する人は、最後にきれいな一息を吸って逝きたいと言っていた。
わたしなら、ことばを失って死にたくない、と言うだろう。
まぁ、そのとき語れる相手が枕辺にいてくれれば、の話だが。
いくら言葉が健在でも、独りつぶやいて逝くのでは、あまりに哀しい。


そういえば、
「ふるさとは遠きにありて思ふもの」
という有名なフレーズも、まだ若かりし頃(20代)の犀星の詩だ。
「そして悲しくうたふもの」と続く。

今思えば、重松清の『東京哀歌』は、
この詩をベースに編まれたのではなかろうか。
私のような「ふるさと」と呼ぶべき故郷のない現代人にも、
故人と共通の「ふるさと」の影が息づいていることに
気づかされた作品だった。
普遍的な共鳴線は、どの世代まで続いてゆくのだろう。



明日には入院。
私にとっての「尖った棘」がもうすぐ取れるはずなのに、
哀しみを覚えるのは、なぜだろう。

「お前が悲しいのか」と問うても、
我が棘は「わしではない」と強がるかもしれない。

でも今思えば、尖った棘も含めて、すべてはわたしの体。
それがある日、突然、見も知らぬ輩に引き裂かれる。

帝王切開で引き裂かれた胎児は、
取り出された後もなお生きつづけるが、
尖った棘は、「おまえだったのか」と疎まれ、
少しの間好奇の目で眺められ、いくつかの検査の後、
無残に捨てられる。
生ごみとして。

いくらその合理性・妥当性を理解していても、
やはり自分の体の一部が死んでゆくことに、
変わりはないのかもしれない。

18日、たたみの上ならぬ、手術台に上がったら、
意識が続く限り、この弔い詩を口ずさもう。

からだじうが悲しいのだ、と。

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